末備前の雄、五郎左衛門尉清光の裁断銘入りの注文打ちです。末備前を代表する名工であり、備前長船有数の代表工として戦国時代に活躍しています。例えば毛利元就公も厳島の合戦の折、五郎左衛門尉清光に陣太刀を打たせ戦いに臨んでおります。本工は備前伝の丁子刃の他(俗に蟹の刃)、湾れ、互の目、直刃、皆焼、など各種刃紋を見ますが、本刀はソハヤノツルキのような、利刀造りの極致のような特異な姿に古調な直刃を焼いた見事な刀です。
今人気の貴重な裁断銘入りの傑作であり、「大江戸死体考 人斬り浅右衛門の時代」より寛政四年(西暦1792年)八月十九日、千住で加賀藩主前田家から依頼された刀の試し斬りを行ったと記録があることから、本刀の裁断銘の斬り手は山田浅右衛門の六代目、山田吉昌 (よしまさ)と思われます。
「薫山日々抄続三 所載」











